友人とオフの日、ラーメン屋の至福と夕焼けと共に迫った恐怖のズンドコ・後編

長くなりそうだったので、前編と後編に分けた。

うまいラーメンを食って友人とともに世俗のしがらみから解き放たれつつ、ドライブなどに興したものの、その最後の締めとなってあるまじき恐怖と怒りを感じたため、久し振りに元々のブログの開設時のテーマのひとつ「愚痴」に沿って記すことにする。

時系列は前編と並んで、以前記したこちらの記事の内容に関係します。

 

ラーメンを食って、その後、友人と共に春風を受けて琵琶湖の湖岸の桜の開花を南へ降りながら感じつつ、守山辺りで切り返したわけたが、その後、自分らの地元へと夕焼けと共に戻ってきた時の話だ。

 

道中、守山まで南下しつつも桜の開花状況を目に映し、ファミリー勢の花見の状況を楽しみ(?)ながら湖岸をドライブ。

春先の琵琶湖の波はきたねーかなと思いつつも、その実まぁまぁキレイだった。

 

普段、缶詰な作業をしている自分は、本当に楽しくもあり、久し振りに心が癒やされた。

 

で、閉じこもったデジタルの世界から現実を久し振りにその身に直に感じたわけなんだが、友人とともにまったりとしたひとときの最後は「物欲」。

 

ぶっちゃけ、最後はいつもどおりクレーンゲームでもしようぜ!ということになりました。(独身のアラサーおっさんたちの楽しみのひとつ)

 

で、彦根のとあるショッピングモールへ、ちょうど同時間にやっていた甲子園選抜を見ることついでにスイフトを駐車した。

(よそ見運転事故の元。ドライバーの俺が運転中に画面に目をやっちゃいけない。よそ見運転ダメゼッタイ。)

 

甲子園選抜の中継を二人であーやこーや言いつつ、最後まで鑑賞。

結果的に予想通りの結果に収まったので、そのまま休憩挟みつつショッピングモールのゲームコーナーへ。

 

それぞれ、思うままのプライズのあるクレーンプレイスへ行き、その時間を楽しんだ。

俺は星のカービィを「可愛い」と感じているので、そのプライズがあったところに目を引かれた。

 

これは無理かな?と思いつつ、数回、星のカービィのプライズを試行していたが、三回目で偶然ゲット。

 

カービィかわいいよカービィ。

 

俺は目的の獲物が取れたのでほくほく。

 

対する友人のプライズGETの状況はあまり芳しくはなかった。

妥協して別のプライズをGETして「まぁ、うん。」となりながら、他にめぼしいものがないかを確認しつつも、ダラダラとプライズを見回した。

 

で、もういいか。と思って40分ほど経ってから、寄り道しつつも再び車を止めた場所へ。

 

 

よくよく見ると自分の車の隣に、他人の車が止まっている。

いや、これ自体は別に特段珍しいことでもないし、普段なら気にすることもないものだ。

 

けど、基本自分は、同乗者の昇降を考えたり、自分が圧迫感を感じるのもなんだかなー、道中の歩いてるときにする話をすることも考え、できることなら前後左右を車で挟まれないであろう場所に駐車してるんだよね。

今日も例外なく、そういった場所に駐車しており、スイフトを駐車した直後は周りの他の車もまばらだった。

 

けど、戻ってきたときに、敢えて俺のスイフトの隣に横付けるように駐車している車がある。

ショッピングモールはスーパーも併設しているので、夕焼けという時間も考えて、夕飯の食材を確保するためにお客さんはごった返したりする頃でもある。

 

ただ、それでももっと荷降ろしのためのアクセスの良い、距離の短いところはあるわけである。

ガラガラとはお世辞にも言い難いものの、店の入口に近いところもぽつりぽつりと空いているのになんで?と思ったのが最初の疑問だった。

 

友人と談笑しつつも自分の車に一歩一歩近付くと同時に、違和感を感じつつ、隣に横付けしている車が「もしかしたら」と言う懐疑心に変わった。

 

それは特徴的な見た目を持ったごく普通の軽自動車。なんとなく色も見覚えがある。

 

近付くにつれ、軽自動車のフロント部分が顕になる。

 

「あ、この車俺知ってる。」

 

これまでの記憶の中に、その車の姿は確かにあった。

 

フロントのダッシュボードからは、クマを模したとあるかわいい系のキャラクターとそれに類するミニぬいぐるみが合計2つ、その存在を主張するかのように覗いて見えた。

 

友人とスイフトのところへ着いて、俺は懐疑心を確信に変えるべくその車の観察をした。

 

まずは、右側面。

多少汚れてはいるが、一般的に走っている軽自動車のそれである。

 

余り手入れされていない様相やタイヤの形状から、ドライバーはまず間違いなく女性だと思った。

 

このとき、友人は怪訝な表情。

当の軽自動車の観察に注を意して、スイフトの鍵を空けていない俺の姿を訝しげに見ていた。

 

俺はその視線には気付いてはいたものの、その時点ではそれを遂行する余裕はあまりなかった。

というのも、懐疑心が徐々に薄れ、持った確信とその間とに浮かぶ新たな疑念に揺れていたからだ。

 

そして、当の車の後方へ。

リアドアの凹みをそこに見る。

位置合いと凹み具合的に、別の車に追突されたのではなく、恐らく自損したであろうその形状である。

 

「これは・・・」

 

俺は思わずひとりごちた。

 

この軽自動車、やはり記憶にある。

 

そして、それが確信と成り得る俺が確実に記憶している「ある痕跡」をその軽自動車の左側後部のドアに見た。

 

三叉の爪が走ったような横向きの傷。

それに伴った塗装の剥げと凹み。

 

一瞬で俺の心を真っ黒な影が覆い隠すと共に、全身から冷や汗が吹き出て伝った。

 

そう。それはこちらの記事で記したHさんの車そのものだったのである。

 

 

…と、ホラー様式で書いてみたが、実際に俺は恐怖を感じ、その後ふつふつとした怒りを感じたんだ。

 

俺は元来、「腹を分け会って話し合える『友人』」「仕事に関わる話や同じ時間を共にする仕事『仲間』」「当たり障りの無い話をする『知り合い』」「地域の参加事での『諸々の人』」「その他ツーリングとか旅先での『その場で話す人』」と言った形で、優先度を付けて完全にコミュニティを分けている。

コミュニティを跨いでいくつか引用した話はしたりすることはあるが、基本的に、『友人』を例外として、このコミュニティで話す内容はここまで、このコミュニティでの付き合いはここまで、といったボーダーを決めているんだよね。

 

『友人』については、(大変、自分勝手だけど)俺にとって特別な存在であり、それこそ友人は俺に腹を割って話す、だから俺も腹を割って話すというスタンスで、それこそ楽しみをお互いに享受して感謝しあい、時にはこっぴどい喧嘩もいろいろ重ねて、最終的にまとまった友人という関係をお互いに掴み取る、いわば完全に共通認識なコミュニティ。

 

で、そこをベースに絶対的に超えられない下位として、それ以外のコミュニティが連なっていると言う形である。

 

で、件のHさんはかわいい女子(※既婚)ということを十二分に視野に入れたとしても、所詮は俺の中ではただの『知り合い』というコミュニティに属しており、即ち本日時間を共にしていた『友人』とは天地どころか、インフレーション宇宙の彼方と地球の核とも呼べる激差にある、完全不可侵なコミュニティである。

 

 

今回は友人の荷物も車載してあったし、日曜と言う日も相まって、自分が完全にプライベートで動いているということは少なからず想像が付くことだろう。

 

人には超えては行けないボーダーというものがある。

やって良いことと悪いことがある。

 

彼女の意図的にはほんの冗談だったかも知れないが、俺にとってはそれはただの不快の領域に位置する。

一昔前にネットで「粘着」と言う言葉があったが、まさにそれを体しているとも言えるだろう。

 

正しく恐怖のズンドコである。

(敢えてどん底とは書かない。)

 

ましてや、前に書いた連鎖取引うんとかが後を引いているということもあり、それは顕著だ。

俺は商品の善し悪しはともかくとして連鎖取引という商法そのものを毛嫌いしているということを当該の記事で書いた。

馬鹿みてーに人を喰うような芋づる式のつながり利用と、狂気じみた信仰に近いもの、そして、何よりお互いの間柄に感謝が一切合切ないという図式に対して本当に怖気が走る。大嫌いだ。

 

…いやはや、やはりホラーじみた恐怖を感じ得ずにいられない。

 

そして、恐れは転じて怒りとなるもので、今この記事を書いている感情としては、例に漏れずに恐怖や怖気を通り越して、怒りの感情へと達している。

 

まぁ生活圏がある程度かぶり、その上で件の子を放置しておいたと言う俺の非は間違いなくあるだろうが・・・。

それにしても『友人』を巻き込みかねないプライベートへと派生した。それが唯一無二にしての大問題だ。

 

今後、Hさんとの付き合いは考えるべきものだと自分の中で結論づけた。

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